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2008年10月12日 (日曜日)

そしてあの時はこの国にISO200があった

いったい我は何の師範代を名乗ってるのか分からん話題が
続いてますが(笑)、ここらで一発、フィルムの話題を。

写真は往年のネガカラーフィルム、さくらカラーの箱です。
これは、ISO200という珍しいフィルムです(右側)。
ま、ISO400の粒子の荒れは許せないが1絞りでも高感度が
欲しいといった需要(あったのか?、そんなん?)用のライン
ナップ?やったのやろと思います。

で、ここで注目は、箱のフタ部に記載されている「シャッター
速度1/250秒時の絞値」です。

露出計がなくても、天気で、だいたいの明るさは決まるから
天気ごとの絞り値が記載されているのですが、見てください
左のISO100のSR100のも、右のISO200のSR200のも、同じやない
ですか。どっちも、「快晴の海・山」では「f/22」を指示
してます。

おかしいやないかい。とクレームをつけるべきメーカーの
小西六は今やありません。

これたぶん、左のISO100のSR100の方がミスプリですね。
貴重な空き箱なのかも知れん。でも捨てよう。こういうの
ネタとしてオモローやから置いとこ、とかするから、この
狭い家がいっぱいになってしまうのです。捨てよ捨てよ。

OLYMPUS μ1030SW
「Sakuracolor SR」
Pa120038sr


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