« 2018年8月 | トップページ | 2018年10月 »

2018年9月

2018年9月30日 (日曜日)

軌跡の価値は(弐):‖ 阪鶴鉄道本社はどこ→ここにあったのでは

阪鶴鉄道本社の所在地について知っておこう。
過去の関連記事はこちら
略称の選択を:‖ 摂津鉄道はどこ 軌跡の価値は:‖ 阪鶴鉄道はどこ せめて、人間らしく:‖ 摂津鉄道(阪鶴鉄道)はどこ 世界の中心で叫~ばず~に~いられな~い:‖ 摂津鉄道(阪鶴鉄道)はどこ

 

 

阪鶴鉄道の本社はどこにあったのか問題に
つきましては、よそ様のサイト、
「鉄道の町 川西 〜再開発前の川西を探る」 に詳しい記載があります。そこの中で
阪鶴鉄道本社の話は
「阪鶴鉄道の本社はどこに」 「阪鶴鉄道の本社はどこに(2)」 に詳しい記載があります。

 

で、我は阪鶴鉄道の本社は、ここ↓にあった
のではないかと勝手に思とるのです。
国土地理院地図
(クリックすると大きくなると思います)
Img20180930160531932_3 この、青字で「P」と書いたとこ、
現在の「寺畑1丁目公園」が、
阪鶴鉄道本社の跡地ではないか?
と我は思うのです。
現在の所在地表記は「寺畑1丁目6」。
上記「阪鶴鉄道の本社はどこに(2)」
では、
「中ノ垣内8番地」となっているところが
ここなのではないかと我は推定しているのです。
そちらでは「丘とはいいがたい」ということで
候補地としては弱いとされているのですが。
(本社は「寺畑の丘の上」にあった、
 とのことから。)
(この寺畑1丁目公園は、すぐ南のJRの線路付近
 よりも標高は3mほど高い。まあ、それで
 丘と呼べるかどうかは?)
(「阪鶴鉄道の本社はどこに(2)」で
 「池田駅」から「花屋敷駅」(いずれも移転
 などで現存しない)へと至る道は、上記の
 国土地理院地図では、青丸でマークした道
 にあたると思われます。)

 

現在の「寺畑1丁目公園」はこちら
Nikon D5300 AF-S DX Nikkor 35mm f/1.8G
Dsc_0021_4

 

住宅街の中の、ちょっち広めの公園です。
Nikon D5300 AF-S DX Nikkor 35mm f/1.8G
Dsc_0022_6_2

 

この白いフェンスに沿って、左奥の方に
進みますとこれがあります。
Nikon D5300 AF-S DX Nikkor 35mm f/1.8G
Dsc_0024_4_2

 

「工部省」の「工」から採られたという
「鉄道省」のマークかと思われます。
上部の金属プレートは「川西市」と書いた
境界を表すものです。
阪鶴鉄道は1907年(明治40年)国有化されて
いるらしいので、
ここは元々は阪鶴鉄道の土地で、その後、
鉄道省の土地になったのではないか。
「川西鉄道小史」(けやき出版)に載っていた
本社の写真は、大きな立派な洋館でした。
結構な広さであっただろうので、跡地は
こんくらいの公園になりうると思たのですが。
しかし、
痕跡のようなものが上の写真の「工」のマーク
の他には見当たらないのでして。
公園の説明板とかも無いのでして。

 

Let's know where the Hankaku Railroad headquarters was.

-----  追記 2019-10-6  ここから-----


上の写真の工務省の標柱は、下の図ですと、
「P」の左の「工」のところです。
Img20191006172438459
最近、工務省の標柱をさらに発見。
Nikon D5300 AF-S DX Micro NIKKOR 85mm f/3.5G ED VR

Dsc_0022-14

これは、上の図で、「P」の上の「工」のところです。
これからして、「P」(現在の公園)のさらに上(北)の
区画が阪鶴鉄道本社の跡地だったのでは?
そこだとすると、すぐ南のJRの線路付近よりも
標高は10mほど高い。これなら丘の上、と言える?

-----  追記 2019-10-6  ここまで-----



Nikon D5300 AF-S DX Micro NIKKOR 85mm f/3.5G ED VR
「もりのみやキューズモールBASE」こういう空中回廊(「AIR TRACK」と呼称するらしい)があって、走ったり歩いたりできるようになっていた。
Dsc_0010_2_3

 

Dsc_0011_6_3

 


人気ブログランキング

 

 

 


写真
記事一覧

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年9月29日 (土曜日)

ニコンの造りしもの:‖ D3500とD5300を比較してみよう

此の期に及んでニコンは
このクラスの一眼レフを出してくるのやな、
まだ。
運動会?ちょっち遅いで発売が。
2018年9月28日発売て。

で、
まだD5300は元気に販売継続されている
のであることよ(詠嘆)。

さてこやつはD5300と比べてどうよ。

ファインダー倍率
D3500は約0.85倍
D5300は約0.82倍
(50mm f/1.4レンズ使用、
∞、-1.0m-1のとき)

この差、みてわかるやろか。

測光方式
D3500は420分割RGBセンサー
D5300は2016分割RGBセンサー
まあ、そこまで精密な露出制御が役立つ
場面があるかどうか。


撮影モード
D3500は
シーンモード
(ポートレート、スポーツ、クローズアップ、
夜景ポートレート)

スペシャルエフェクトモード
(ナイトビジョン、極彩色、ポップ、
フォトイラスト、トイカメラ風、
ミニチュア効果、セレクトカラー、
シルエット、ハイキー、ローキー)

D5300は
シーンモード
(ポートレート、風景、こどもスナップ、
スポーツ、クローズアップ、
夜景ポートレート、夜景、パーティー、
海・雪、夕焼け、トワイライト、ペット、
キャンドルライト、
桜、紅葉、料理)

スペシャルエフェクトモード
(ナイトビジョン、カラースケッチ、
トイカメラ風、ミニチュア効果、
セレクトカラー、シルエット、
ハイキー、ローキー、HDRペインティング)

D5300の方がいろいろある。
シーンモードで、
D3500になくてD5300にあるのは、
風景、こどもスナップ、クローズアップ、
夜景、パーティー、 海・雪、夕焼け、
トワイライト、ペット、キャンドルライト、
桜、紅葉、料理
か。
クローズアップ、パーティー、ペット以外は
だいたい使こたことあるなあ。
あれば使うなあ。
なくてもいいかも知れんが。

スペシャルエフェクトモードでは
D3500の方にだけあるのが
極彩色、ポップ、フォトイラスト
やな。
D5300のカラースケッチてのが、
そんな風に細分化されたのでは。


D3500には
「ピクチャーコントロールシステム」に
(絵作りの傾向を選ぶやつ)に「フラット」
てのがある。
どんなんや。おとなしめの色使いかな。


ISO
D3500は
ISO 100~25600(1段ステップ)、
感度自動制御が可能

D5300は
ISO 100~12800(1/3ステップ)、
ISO 12800に対し約0.3、0.7、1段
(ISO 25600相当)の増感、
感度自動制御が可能

これはD3500が上と見るのか
同じと見るのか。

TTL位相差検出方式:
D3500は
フォーカスポイント11点
(うち、クロスタイプセンサー1点)
D5300は
フォーカスポイント39点
(うち、クロスタイプセンサー9点)

まあそんなに要らんっちゃあ要らんのやが
D5300の方が多いね。
画面の端っこでピント合わせしたいときには
有利かも。


撮影可能コマ数
D3500は
約1550コマ
D5300は
約600コマ

これはD3500がよい。
バッテリーはどちらもEN-EL14aと
同じやのにな、なんでやろ。
ずいぶんと差があるが。
モニターサイズは同じやが
ドット数が違う
D3500 約92万ドット
D5300 約104万ドット
これって消費電力に効くやろか。
内臓フラッシュのガイドナンバーが
D3500 約12
D5300 約7
とこれは効くやろけど、
撮影コマ数表示にそれ考慮してるんやろか?
あるいは
D5300のWiFiかGPSを考慮しているんか?


寸法(幅×高さ×奥行き)
D3500
約124×97×69.5mm
約415g
(バッテリーおよびSDメモリーカードを含む、
 ボディーキャップを除く)

D5300
約125×98×76mm
約530g
(バッテリーおよびSDメモリーカードを含む、
 ボディーキャップを除く)

D5300の方がバリアングルモニターの分だけ
分厚くても仕方ないか。


D5300はリモコン撮影できる。
これは大きな差やな。記念写真撮る時。
まあ、
そんなん使う機会が
だんだん減ってきましたが。

D5300は
カラーバリエーション3色、
D3500は1色のみ。
最近は色なんて選べないのがほとんどですな。

どっちも同じなのは
有効画素数 :2416万画素
画像処理エンジン EXPEED4
おんなじセンサーを使こてんのかしら。

Let's compare D3500 and D5300.

Nikon D5300 AF-S DX Nikkor 35mm f/1.8G
「AF-S DX Micro NIKKOR 85mm f/3.5G ED VRの取説」えらい分厚い、レンズの取説。それは多ヶ国語対応やから。右端のインデックスの数を数えると14ヶ国語。
Dsc_0001_8


人気ブログランキング



| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年9月24日 (月曜日)

澄円上人の造りしもの(壱):‖ 旭蓮社 大阿彌陀経寺

旭蓮社(ぎょくれんじゃ)について知っておこう。

所在地は
大阪府堺市堺区寺地町東4丁1−14

堺市は「丁目」ではなくて「丁」を使うの
ですなあ。

Nikon D5300 AF-S DX NIKKOR 18-140mm f/3.5-5.6G ED VR
(以下も機材同じ)
Dsc_0004_5

この看板の記載は下記の通り:

-----
旭蓮社(ぎょくれんじゃ)
大阿彌陀経時(だいあみだきょうじ)
 当寺は、浄土宗で、本尊は阿弥陀如来です。
 元徳2年(1330)、澄円(ちょうえん)上人
の開山で、後村上天皇の勅願所であり旭蓮社
ともいいます。
 澄円上人は、正中2年(1325)中国廬山の
東林禅寺において、中国浄土教の祖である
慧遠(えおん)大師の白蓮社の念仏を学び
ました。その後、白蓮社に模して、堺の浜に
精舎を建て、これを旭蓮社と称しました。
 当寺は、慧遠派念仏本山として
栄えましたが、第23世徹誉(てつよ)の
時、京都の知恩院の支配に属しました。
明治維新以後、当寺は
堺県の裁判所となりました。
第二次大戦の戦災を受けましたが、
毘沙門堂は被害を免れました。
 境内に、神南辺道心(かんなべどうしん)
(江戸時代に数多くの道標をたてた)の墓が
あります。      毘沙門堂
堺市
-----

(改行位置は変えています。
 ふりがなは漢字の上に振られているのも
 変えています。)

堺県というのがあったのか。
で、またこんな寺が裁判所とな。
今の本堂で裁判やってたのではなくて
もっと裁判所らしいもんがあったが
戦災で焼けて、今の本堂は戦後のもの、
っちうことであろう。

境内の看板。
Dsc_0003_7

この看板の記載は下記の通り:
-----
廬山蓮(ろざんばす)

当山開基澄円菩薩(かいきちょうえんぼさつ)
は後醍醐天皇(ごだいごてんのう)の正中二年
(西紀一三二五年)に中国にわたり、
廬山(ろざん)の東林寺(とうりんじ)におい
て、優曇普度禅師(うどんふどぜんじ)について、
慧遠大師(えおんだいし)の白蓮社
(びゃくれんじゃ)の念佛の流れを汲(く)み
帰朝された。帰朝に際して、優曇
普度禅師(うどんふどぜんじ)より
慧遠大師遺愛(えおんだいしいあい)の
蓮種(れんしゅ)
を授(さず)けられたのが廬山蓮(ろざんばす)
である。
開基澄円菩薩生誕(かいきちょうえんぼさつ
せいたん)七百年を記念し
て、此処に育成するものである。
平成二年七月 当山山主 敬白
-----

(改行位置は変えています。
 実際は縦書き。
 ふりがなは漢字の横に振られているのも
 変えています。)

七百年記念で、平成二年から育成を始めた
のか?
それまではどうしてたのか??
種のままで保存していたのかな???

Daiamidakyoji Temple belongs to
the Jodo sect of Buddhism.

Nikon D5300 AF-S DX NIKKOR 18-140mm f/3.5-5.6G ED VR
「国宝 御影堂 落成法要」というポスターが貼ってあるが、これは知恩院(京都)の話。
Dsc_0005_10_3


人気ブログランキング



| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年9月19日 (水曜日)

涙(Oct 2018):‖ CAPAで2次予選通過

月例フォトコンチェック。

2018年
アサヒカメラ        CAPA
(発表月ベース)・・・・・(掲載月ベース)
 1月号 なんもなし・・・・なんもなし
 2月号 なんもなし・・・・なんもなし 
 3月号 なんもなし・・・・1次予選通過
 4月号 なんもなし・・・・3次予選通過
 5月号 なんもなし・・・・なんもなし
 6月号 なんもなし・・・・1次予選通過
 7月号 なんもなし・・・・なんもなし
 8月号 1次予選通過・・・なんもなし
 9月号 なんもなし・・・・なんもなし
10月号 なんもなし・・・・2次予選通過 ←今回

アサヒカメラへの応募作品に比べると
CAPAの方は、ちょっち変わったやつやったんやが
そうですか、そっちの方がよいのですか。
わからんもんですな。

I checked the monthly photo contest.

2018
ASAHI CAMERA ... CAPA
(announced monthly basis) (posted month basis)

January issue_________None......None
February issue________None......None
March issue ________None......First Qualifying Pass(FQP)
April issue ________None......Third QP
May issue ________None......None
June issue _______None......FQP
July issue _______None......None
Aug issue_____________FQP ......None
Sep issue_____________None......None
Sep issue_____________None......Second QP ← This time

Nikon D5300 AF-S DX Micro NIKKOR 85mm f/3.5G ED VR
「掟」(おきて) 御神域につき広告物をはる事、及び柵内に不浄物の投げ入れを厳禁します。 鴨 神 社
Dsc_0099


人気ブログランキング

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年9月17日 (月曜日)

阿部元太郎の造りしもの(拾弐):‖ 雲雀丘100年浪漫 周辺の様子(寺畑前川、ヤンマー花屋敷寮、サントリーご一族?、雲雀丘学園の門、鰻屋のポスター)

雲雀丘および、その周辺で撮った写真です。

Nikon D5300 AF-S DX Micro NIKKOR 85mm f/3.5G ED VR
(以下も機材同じ)
Dsc_0023_4
いきなりですが、
これは雲雀丘ではなくて、
そこから少しくだったところにある
「寺畑前川河川管理施設」。
大雨のときなど、
水を一時的に貯めるスペースがあるようで
これができて以降、今のところは
寺畑前川があふれたことはない。
(と思う。以前はあふれたことがあった。)

Dsc_0021_5
これは
旧花屋敷駅があったと思われる地点のすぐ北、
「ヤンマー花屋敷寮」と書いています。


そこから少し、西に行ったあたりがこちら
Dsc_0006_4
このあたりの大邸宅は、
サントリーの社長、会長のご一家?
のものではないかと勝手に思っている。
(もちろん確認などしていません。)

Dsc_0031_7
これは雲雀丘学園の門。
前は全部漢字でこんな感じやった。

まあこれは同じ門ではないのですが、
前は「不許入無挨拶雲雀丘」やったのが
「雲雀はあいさつから」に変わっています。
すこしやさしい感じになりましたね。

駅の近くに鰻屋さんがありまして、
Dsc_0050_1

その窓からこんなポスターが見えていました。
Dsc_0051_3

全文を引用しますと下記の通りです:

「母なる天然鰻を守ろう。
 おいしい鰻をお届けするために
 かかせない鰻の養殖。
 しかし、この養殖も、じつは卵から
 人工的にふ化させているわけではなく、
 天然の鰻の稚魚(シラスウナギ)を
 捕獲して、
 それを養殖池で大切に育てること
 により実現できています。

 近年、深刻なのが、その天然シラスウナギ
 の減少。
 2004年に比べ、2012年の取引価格は
 約10倍にものぼり、
 鰻のご提供価格にも大きな影響を及ぼし
 始めています。

 私たちは、古より愛され続けてきた鰻という
 貴重な天然資源の回復のため、
 産卵に向かう下り鰻の保護と天然鰻の
 漁獲抑制を求めて参ります。
 皆さまのご理解とご協力を何卒よろしく
 お願い申し上げます。

 日本鰻協会」

(改行位置は変えています。)
どのように協力したらよいのやろう。
鰻を食べなければよいのか。
(実際、もう最近は積極的には食べて
 いない。出てきたら食べるけどね。)
しかし、それでは鰻屋は困るやろなあ。

(2018-10-8少し修正しました。)

HIBARIGAOKA Hill 100 years roman

Nikon D5300 AF-S DX Micro NIKKOR 85mm f/3.5G ED VR
「廃棄物」これは猪名川の河原で撮ったもの。これは今や懐かしいCRT(ブラウン管)ではないか。あかんな、こんなとこに捨てたら。
Dsc_0042_2


人気ブログランキング



| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年9月 9日 (日曜日)

六甲山観光株式会社の造りしもの:‖ アスレチック 売店のメニュー 「トキガミ」

六甲山の夏の景色の写真なんですが
ずいぶん季節外れになってきましたが
まとめて載っけておきましょうか。
要りませんか。でも載っけますよ。

アスレチックがありました。
Nikon D5300 AF-S DX Micro NIKKOR 85mm f/3.5G ED VR
(以下も機材同じ)
Dsc_0011_7
こんな、みんなで擦ったらよ、
Dsc_0012_6
ほら、こんなつるつるになる。


Dsc_0014_2
「じゅじょう」やなくて「きじょう」
なんでそんな湯桶に読ます?
Dsc_0049_2
「フレンチドッグ」やのおて
「フランスドッグ」600円。
他には
やまみつカレー700円
親子丼700円
ぼっかけ焼きそば550円
ディッピンドッツアイスクリーム350円
(↑何かわからん)
アサヒスーパードライ生500円
ホットコーヒー250円
(「本日売り切れ」で見えん250円)
ホットココア300円
アイスコーヒー300円
アイスティー300円
アイスココア350円
やまみつドーナツ10個680円
ディッピンドッツ ドッツンクラッシュ
 500円
(「お好きな氷とディッピンドッツをお選び
 ください。」とある。)


展望台から大阪を望む。
USJとか海遊館とか見え
Dsc_0052_2
Dsc_0052_3
Dsc_0052_4
てんのかどうかわからん。
双眼鏡持っていくの忘れた。
ニコンのを持っているのに。
D5300買うたときにもろたやつあるのに。
現場にある固定の有料のやつは
もったいないから見ない。


夜は有馬温泉。
宿の部屋にこんな電話。
Dsc_0056
サザエさんで見たことはあるが
本物は初めてみたとかいう中学生。
電話のかけかたを教える。


Dsc_0058
宴会場近くにこんな魅惑の看板が。
この宿ちょっと良い宿やったので
廊下にこんな感じの生け花があったり。
Dsc_0065
宿のご飯て、たいてい食い切れんくて
もったいない思いをするのやが
さすが中高生
Dsc_0067_3
よくやったな、シンジ。


翌朝はまた六甲山へ。
有馬温泉からロープウェーに乗る。
乗り場、朝9時半とはいえ、この涼しさ。
Dsc_0069
結構ぎゅうぎゅうで、景色楽しめず。
Dsc_0071


山の上では「真夏の雪まつり」
Dsc_0072_1
ここは冬場はゲレンデや。
むかーし、子供と二人で一回来たことがある。
冬に。スキーに。
当時はスノボはあかんかったように思うが
どうやったかな、時間帯によっては
オーケーやったかな。

で、ここで始めてしまったのが
謎解きゲーム「トキガミ」
Dsc_0085
上級編を選択してしまい、
(中級、初級もあった)
結果、ゴールできず。難しすぎた。

(2018-9-17,19少し修正しました。)

Summer view of Mt. Rokko

Nikon D5300 AF-S DX Micro NIKKOR 85mm f/3.5G ED VR
「夏雲」これも掲載しそびれたもの。
これは六甲山で撮ったのではない。
Dsc_0086


人気ブログランキング



| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年9月 8日 (土曜日)

阿部元太郎の造りしもの(拾壱):‖ 雲雀丘100年浪漫 旧安田邸

こないだの記事
の、雲雀丘花屋敷駅、西改札口を出たとこ
にある看板に載っている「旧安田邸」について
知っておこう。

旧安田邸の前にはこんな看板が公道に向けて
出ている。
Nikon D5300 AF-S DX Micro NIKKOR 85mm f/3.5G ED VR
Dsc_0028_7
ので、ここで紹介しても、問題ないかと。
(もし問題あればお教えください、削除します)
現地では、普段、敷地に入ることは出来ない。
以前、イベント?で公開?されているのを、
見かけたことがある。

看板の右半分の記載は次の通り:
・・・・・・・・・・・・・・・
ー歴史的建造物復興宝塚浪漫物語委員会(注1)ー
 平成22年3月宝塚市に故安田敏子様から
遺贈された旧安田邸を、ご本人の想いを
受けて保全に向け平成23年9月
コミュニティひばり(注2)に、
歴史的建造物復興宝塚浪漫物語委員会が
発足しました。
 委員会は、地域有志と宝塚市政策室及び
有識者で構成し、建物の復興と地域文化の
拠点としての活用を願い協議を始めています。
市財政の状況から復興への過程は厳しい
面はありますが、市と市民の協働で取り組み
実現を目指しています。

委員会の活動項目
 ◯ メディアを通じての情報発信
    ・地域文化財の保全活用への活動
     状況を発信する。
 ◯ 建物の保全
    ・歴史的建築物保全の有識者
     (兵庫県ヘリテージマネージャー
     (注3)等)のアドバイスを受け、
     保全方法の模索
 ◯ 活用
    ・別棟の居住棟の活用と復興後の
     旧安田邸の活用
 ◯ 宝塚雲雀丘
    ・花屋敷物語の復刊
     ・故安田様の寄贈の切っ掛け
      となった、平成12年発刊の
      『宝塚雲雀丘・花屋敷物語』
      (注4)(絶版)の復刊

活動に協賛して頂ける方歓迎
沢山の方の活動への参加を願っております。
協力して頂ける方はご連絡ください。
連絡先:コミュニティひばり FAX 072-////
              mail ////
・・・・・・・・・・・・・・・
(以上、改行位置は現物と異なります。
 FAXとmailは省略しました。)

我の注

注1:歴史的建造物復興宝塚浪漫物語委員会
ここ、ひょうごヘリテージ機構
に少し説明あり。
「2011(平成23)年9月、自治会
 「コミュニティひばり」のなかに、
 「歴史的建造物復興’宝塚浪漫物語’」
 という組織が結成され、」
とのこと。

注2:コミュニティひばり
ここ、「宝塚市みんなのまちづくり協議会」
に少し説明あり。
「その地域のすべての住民と団体・事業所
 ・学校の人たちも構成員です。」とのこと。

注3:兵庫県ヘリテージマネージャー
「ひょうごヘリテージ機構」のサイトの
ここ
に少し説明あり。
「2017年10月現在、43都道府県で養成
 講習会が実施されるようになり、
 3,800名を超えるヘリテージマネージャー
 が誕生しています。」
とある。

注4:『宝塚雲雀丘・花屋敷物語』
萬字屋書店のサイト
ここ
に、書籍の画像あり。

看板の左半分の記載は次の通り:
・・・・・・・・・・・・・・・
北米の住宅を参考に建てられた旧安田邸
 この家は、バンガロー風の気安さと
控えめな歴史様式が取り合わされ
る20世紀初頭の北米中産階級の郊外住宅
の様式を取り入れた最も初期の例であり、
しかもそれが素人建築家と和風大工の手に
よって作り上げられたという点できわめて
興味深い建物だ。全体に大らかな近代性を
漂わせ、住宅史上、日本のモダンリビング
の定着過程を示す格好のモデルである。
外観は、急勾配のセメント瓦葺き屋根、
三連の円頂窓(注1)、腰(注2)のシングル
張りやモルタル壁に自然石をちりばめた
独自の意匠が施されている。窓は分銅式の
上下窓に簡素な月の印が入った戸袋、
南壁面にはオーナメントがあしらわれている。
 洋風の外観の中にも仏間や和室が配置され、
日本の生活にも対応した間取りとなっている。
内部、外観とも建設当初の姿を残し、
当時の趣をいかんなく漂わせている。
市の都市景観条例で都市景観形成指定建築物
(注3)となっている。
(宝塚雲雀丘・花屋敷物語より引用)
・・・・・・・・・・・・・・・
(以上、改行位置は現物と異なります。
 また現物は縦書きです。)

我の注

注1:三連の円頂窓
どんな窓のことやら。看板に出ている写真
を見てもよく分からず。

注2:腰
「腰壁」のことか?
「壁の中央よりやや下の部分をいい、窓台
 をほぼ基準としてそれより下の壁のこと。
 対面キッチンの仕切りに設ける床から
 1メートル程の高さの壁なども腰壁に
 あたる。
 なお、壁の中央よりやや下の部分に
 上部と異なる仕上げを行った壁のことを
 腰壁ということが多い。
 傷や汚れから守るためや単調な壁面に
 アクセントを加えるために板材などを施す。」
(建築・住宅用語集「腰壁」より)

注3:都市景観形成指定建築物
ここでは「都市景観形成指定建築物」
とあるが、こないだの看板、宝塚市の
ウェブサイトでは「都市景観形成建築物等」
とあり、少し違うが、同じものか?

---2018-12-15追記ここから---

続きはこちら

---ここまで---

HIBARIGAOKA Hill 100 years roman

Nikon D5300 AF-S DX Micro NIKKOR 85mm f/3.5G ED VR
「岩田植物生理化学研究所」
Dsc_0097

↓最近の記事のインデックス


人気ブログランキング

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年9月 4日 (火曜日)

阿部元太郎の造りしもの(拾):‖雲雀丘100年浪漫 たち並ぶ歴史的洋館、豪邸 肉眼で確認

こういう看板が
雲雀丘花屋敷の西改札口を出たところに
建てられています。
Nikon D5300 AF-S DX Micro NIKKOR 85mm f/3.5G ED VR
Dsc_0005_10

この看板を見ますというと、こないだの記事
に記載しました、「市の都市景観形成建築物」らしいのは
3つ載ってて「高碕記念館」「旧安田邸」「S邸」ですね。
ほな、ほかは?

宝塚市のウェブサイト
「都市景観形成建築物等」
には20邸掲載されています。

「都市景観への市民、事業者の意欲の高まり
 と関心の醸成を図るため、宝塚市都市景観
 条例に基づき、
 1.周辺地域と共に良好な景観を形成し、
  地域の雰囲気を特徴付けている建築物
  など
 2.歴史的、文化的価値又は建築的価値を
  有している建築物など
 3.地域の多くの人々に親しまれ、愛されて
  いる建築物など
 を、都市景観形成建築物等として指定し、
 その保全を図ることとしています。」

ということで以下、写真付きで掲載されています。

(1)I邸 (2)Y邸 (3)宝塚ホテル (4)M邸
(5)旧和田家住宅 (6)木接太夫碑 (7)Y邸
(8)M邸 (9)K邸 (10)K邸 (11)I邸
(12)K邸 (13)K邸 (14)M邸 (15)M邸
(16)I邸 (17)Y邸 (18)T邸 (19)T邸
(20)高碕記念館

都市景観形成建築物等
「景観形成建築物等に指定されている建物は、
 指定の趣旨をご理解いただき、大切に保全
 されながら、現在もお住まいとして使用
 されています。
 したがいまして、防犯上、プライバシー等
 の観点から建物名はイニシャル表示と
 させていただいております。ご了承
 ください。」
ちうことです。よって
M邸 4邸
K邸 4邸
Y邸 3邸
I邸 3邸
T邸 2邸
宝塚ホテル 1邸
旧和田家住宅 1邸
木接太夫碑 1邸(←邸か?「碑」やで??)
高碕記念館 1邸
という分布になる。(だからなに。(笑))

そうか、名前を出すとまずいのか。
しかしさっきの看板には「旧安田邸」て
書いてしまっていたぞ。
で看板にはある「S邸」が
「都市景観形成建築物等」にはない。
どういうこと??

景観重要建造物というのがあって
そこには、
「この度、平成29年(2017年)12月1日に
 地域の景観の核となる建造物、
 「高碕記念館」と「正司邸」を景観法に
 基づく景観重要建造物として市内で初めて
 指定しました。」
とある。

よって次の解釈でよろしか?

 仮に看板のS邸は正司邸(我が実際に肉眼で
 確認した位置とだいたい一致しているし)
 であるとして、

 S邸は「景観重要建造物」であって
 「都市景観形成建築物等」ではない?
 (冒頭の看板の凡例が誤り)
Nikon D5300 AF-S DX Micro NIKKOR 85mm f/3.5G ED VR
Dsc_0005_11

 「高碕記念館」は「景観重要建造物」
 でもあるし「都市景観形成建築物等」
 でもある?

 宝塚市のウェブサイトの
 景観重要建造物
 の方では、「指定第2号 正司邸」および
 だいたいの住所まで記載があるし
 写真もあるし
 高碕記念館前の看板 
 でも「正司邸」と名前が出ているのに、
 なぜか冒頭の看板では「S邸」としている。
 看板が「S邸」に距離的に近いから?
 その割には冒頭の看板では「旧安田邸」
 と書いてしまっている。これが宝塚市の
 ウェブサイトでは「Y邸」となっている
 分か?
 景観重要建造物 
 には「「正司邸」は、大切に保全されながら、
 現在もお住まいとして使用されています」
 とあるので、そこを配慮して冒頭の看板は
 「S邸」表記なのか。
 すると「旧安田邸」はそうではないのか?
 「旧」て書いてるしな。

てことでよろしか?

こないだの記事
に記載しました、
「市の都市景観形成建築物20棟中、
 雲雀丘には14棟ある。」
からしますと、その14棟は
「高碕記念館」「Y邸」のうちの1邸
の計2邸は確定でよろしか?
「S邸」は入らない(「20棟」にも
入っていない)、と。
宝塚ホテル 旧和田家住宅 木接太夫碑
の3邸は、雲雀丘にないことは確実。
つまり雲雀丘にあるのは、
M邸 4邸
K邸 4邸
Y邸 2邸(1邸は旧安田邸やとして-1)
I邸 3邸
T邸 2邸
以上計15のうちの12邸やが、それがどこか
未判明や。
「プライバシー等の観点から」判明しても
発表するのはよろしくない。

--2018-9-30追記ここから--

しかし、雲雀丘にほんまに14邸もあるやろか
ちょっち思い起こす程度では、そんなに
あるように思えないのやが。
確認してゆきたい。

宝塚市のサイト、
「都市景観形成建築物等」
の「指定建築物」に載っている写真
段(行)と列を合わせて書くと下記のように
なります。
(番号)はこちらで勝手に付けています。

指定建築物
(1)I邸 (2)Y邸
(3)宝塚ホテル
(4)M邸 (5)旧和田家住宅 (6)木接太夫碑
(7)Y邸 (8)M邸 (9)K邸
(10)K邸 (11)I邸
(12)K邸
(13)K邸 (14)M邸 (15)M邸
(16)I邸 (17)Y邸 (18)T邸
(19)T邸 (20)高碕記念館

まず、上記の
「指定建築物」の上から4段目、真ん中の
(8)「M邸」。植栽で見えにくいやつ。
これって、これではないか。
Nikon D5300 AF-S DX Nikkor 35mm f/1.8G
Dsc_0015_1
表札はMさんとなっており、納得。
(8)「M邸」は確認できたとしよう。


上から6段目(下から4段目)の(12)「K邸」。
赤いとんがり屋根のやつ。
これって、これではないのか。
Nikon D5300 AF-S DX Nikkor 35mm f/1.8G
Dsc_0007_7_2
たぶん合っているやろう。
植栽からして、宝塚市のサイトの写真は
かなり古いようだ。
表札をみますと確かにKさんと読める。
少なくとも二通りの読み方が考えられるが
どっちにしてもKさんや。
てことで、
この(12)「K邸」は確認できたことにしよう。


「指定建築物」の上から8段目(下から2段目)の
(18)「T邸」。白くてとんがり屋根のやつ。
これって、これではないか。
Nikon D5300 AF-S DX Nikkor 35mm f/1.8G
Dsc_0010_3_3
表札もTさんで、納得。
この(18)「T邸」も確認できたとしよう。


てことで、確認できたのは
(*印が今回確認分)

(1)I邸 (2)Y邸
(3)宝塚ホテル
(4)M邸 (5)旧和田家住宅 (6)木接太夫碑
(7)Y邸(既知) (8)M邸* (9)K邸
(10)K邸 (11)I邸
(12)K邸*
(13)K邸 (14)M邸 (15)M邸
(16)I邸 (17)Y邸 (18)T邸*
(19)T邸 (20)高碕記念館(既知)

「雲雀丘には14棟ある」のうちの
これで5棟は確認したつもりやが
残り9棟あることになるが、
ほんまに、そんなにあるやろか。
あと1,2くらいなら、あの辺ちゃうかと
思いつかなくもないが。。。。。
調査継続。

--ここまで--

---2018-12-10追記---

宝塚市のウェブサイト
都市景観形成建築物等
のページに載っている「高碕記念館」の左の
「T邸」を発見、
これであろう
Nikon D5300 AF-S DX Nikkor 35mm f/1.8G
Dsc_0028_11_2

こちらの記事
で「国登録有形文化財」に登録されたと
されているやつや。
これで、都市景観形成建築物等のページに
載っているやつのうち、
確認できたのは下記の太字のものとなる。

(*印が今回確認分)
(1)I邸 (2)Y邸
(3)宝塚ホテル
(4)M邸 (5)旧和田家住宅 (6)木接太夫碑
(7)Y邸 (8)M邸 (9)K邸
(10)K邸 (11)I邸
(12)K邸
(13)K邸 (14)M邸 (15)M邸
(16)I邸 (17)Y邸 (18)T邸
(19)T邸* (20)高碕記念館

上記20棟中、14棟が雲雀丘にあるというが
確認できたのがこれで6棟、あと8棟が
確認できておらず。

---追記ここまで---


(2018-10-3,6,15少し修正しました。)

HIBARIGAOKA Hill 100 years roman

Nikon D5300 AF-S DX Micro NIKKOR 85mm f/3.5G ED VR
「宮川石器館」個人でやられているようです。訪問時は要予約という情報もあり。
Dsc_0095_1


人気ブログランキング


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年9月 2日 (日曜日)

阿部元太郎の造りしもの(九):‖雲雀丘100年浪漫 米進駐軍による接収 正司邸と高添邸

この看板の件のつづき。
もうこの看板の話も大詰め、
看板のいちばん左の記事はこうです;

 「太平洋戦争終戦後
  米進駐軍による接収
  1947年(昭和22年)
  終戦後の昭和22年〜28年、雲雀丘の住宅
  は数多くアメリカの進駐軍に接収された。
  特にここは、米軍将校の住宅として
  使える洋風住宅が集積し、当時は周辺が
  未開発の地域であったこと、自動車が
  通行しやすく、鉄道も専用駅であった
  こと、他の接収施設である伊丹空港、
  宝塚温泉、宝塚大劇場との利便性など
  をみても、米軍将校駐留地としては、
  ほかにはない条件が整っていた。

  正司邸と高添邸が国登録有形文化財へ
  2006年(平成18年)指定
  2016年(平成28年)指定
  「歴史的景観に寄与している」を
  理由に、正司邸と高添邸を国登録有形
  文化財に登録。
  また、市の都市景観形成建築物20棟中、
  雲雀丘には14棟ある。」

「自動車が通行しやすく」と言うても、
今となっては結構狭い道になっていますし
まあ、凍結したりしたら大変厳しい急坂
急カーブの道が多いです。

「鉄道も専用駅であった」というのは、
まあ雲雀丘駅が私設やったことを指して
いるのかな。別に住民以外でも利用できた
のでは?とは思うが。

宝塚温泉、宝塚大劇場が米軍に接収されて
いたとは。

正司邸と高添邸のどっちがどっちの年かが
はっきりしないが赤い屋根の方が正司邸で
あることは肉眼で確認しているので
--2018-9-4追記--
この看板
で一方だけが赤い屋根であることが
確認できる。
--追記ここまで--
Nikon D5300 AF-S DX Micro NIKKOR 85mm f/3.5G ED VR
Dsc_0048_2

Dsc_0046_3

Dsc_0046_4

正司邸が2006年(平成18年)指定
高添邸が2016年(平成28年)指定
ということやな。
これらも接収されたことがあるのかしら。

「市の都市景観形成建築物20棟中、
 雲雀丘には14棟ある」やとぉう!?
また調査対象事項が出てきましたね。

HIBARIGAOKA Hill 100 years roman

Nikon D5300 AF-S DX Micro NIKKOR 85mm f/3.5G ED VR
「何の痕跡」トイレか台所か、なんか水回りのありそうな構造に、お店やさんのようなひさしの跡のような。これは雲雀丘ではありません。
Dsc_0027_5


人気ブログランキング




| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年9月 1日 (土曜日)

阿部元太郎の造りしもの(八):‖雲雀丘100年浪漫 銭屋五兵衛の墓

旧花屋敷駅と思われるあたりについてもう少し知っておこう。
出典:国土地理院ウェブサイト
Img20180825175729975 この地図(クリックで大きくなるかと)の
中央(+印)、今の花屋敷踏切のすぐ西に
旧花屋敷駅舎があったと思われる、
ちう話でしたが、そこから線路沿いに東へ
(川西能勢口方面へ)進みますと
線路のすぐ北に少しスペースがあります、
ここは「栄根寺(えいこんじ)跡」
ということです。

 

Nikon D5300 AF-S DX Micro NIKKOR 85mm f/3.5G ED VR
Dsc_0032_5

 

Dsc_0033_4 なになに。看板にはこう書いたある。
「栄根寺廃寺(えいこんじはいじ)
  栄根寺廃寺は、奈良時代川西南部に居住
 した氏族が創建した氏寺と考えられます。
 創建伽藍は現在不明ですが、古代瓦が出土し、
 隣接する栄根(さかね)遺跡からは建立に
 用いたと考えられる墨壺が出土しています。
  平成11年・12年の発掘調査では、平安
 時代後期(11世紀)に建立された仏堂跡が
 この場所で検出されました。桁行5間
 (14.5メートル)、梁間5間(13.5メートル)
 の規模で、中央に土盛りの須弥壇
 (しゅみだん)があり、南部には礼拝用の
 礼堂が付く構造などから、平安時代に再興
 された本堂と考えらえます。また本尊は、
 懸仏(かけほとけ)の出土などから、現存の
 薬師如来座像(県指定文化財)であることも
 わかりました。調査後の整備では、この
 本堂跡の平面を復元しています。
  なお、この場所には平成7年まで
 江戸時代再興の薬師堂が存在しましたが、
 阪神・淡路大震災で全壊しました。
  平成13年 3月30日 川西市教育委員会」

 

 (ふりがなは実際には漢字の上に記載。
 上記ではすべてのふりがなを記載
 しませんでした。
 改行も実際とは異なります)

 

銭屋五兵衛(ぜにやごへえ)の碑てのも
その横にあります。
Nikon D5300 AF-S DX Micro NIKKOR 85mm f/3.5G ED VR
Dsc_0031_6 「日本貿易開祖」やて。
説明の看板もあります。
Nikon D5300 AF-S DX Micro NIKKOR 85mm f/3.5G ED VR
Dsc_0034_3 こう書いてます。
「銭屋五兵衛は、安永2年(1773)に
 加賀国宮越(みやのこし)(石川県金沢市)
 の商家に生まれました。家業の質業を
 継いだ五兵衛は、質流れの古船で海運業に
 乗り出し、成功を治め富を築き藩の御用を
 受けるまでとなりました。しかし晩年、
 加賀の河北潟(かほくがた)の干拓に
 乗り出したところ、死魚が出たりそれを
 食べた人が中毒死する事件が起き、疑いを
 かけられた五兵衛とその一族は検挙され、
 嘉永5年(1852)五兵衛はそのまま牢の
 中で非業の死をとけました。
 生前の五兵衛と交流のあった西光寺
 (さいこうじ)(栄根寺の本寺)は彼の遺徳
 を忍び、明治35年(1902)東塚一吉の
 援助を受け、この地に銭屋五兵衛の碑を
 建立しました。」

 

 (ふりがなは実際には漢字の上に記載。
 上記ではすべてのふりがなを記載
 しませんでした。
 改行も実際とは異なります)

 

「忍び」て字が違うようやし、東塚一吉て
誰やねんということですが
まあ、へ〜って感じですな。
--2018-9-2追記--
ここ によりますと、
「明治40年頃 東塚一吉、長尾山東部に
 炭酸泉を開削し、花屋敷温泉を開業。」
とのことで、新花屋敷温泉土地株式会杜が
トロリーバスとかつくるはるか以前に
温泉を開いた人やったんや
東塚一吉て。
--追記ここまで--
こんな曲がった石の碑もあります。
Nikon D5300 AF-S DX Micro NIKKOR 85mm f/3.5G ED VR
Dsc_0037_3 判読しにくいが、「東塚一吉」らしき字も
見えます。
--2018-9-2追記--
これはどうも道しるべらしい。
ここ になんと書いているか、などの記載がありました。
--追記ここまで--

 

『阪急沿線の不思議と謎』実業之日本社
 天野太郎監修
の冒頭折り込みの
「1919年(大正8)年当時の梅田駅周辺」
に当時の阪急の路線図が見えますが
それには池田には「呉羽神社」中山には
「中山寺」てな感じでご当地の名物?が
書いていますが、
花屋敷には「銭屋五兵衛の墓」と
書いてまして、(「墓」か?)
これも当時の観光資源やったようです。

 

HIBARIGAOKA Hill 100 years roman

 

Nikon D5300 AF-S DX Micro NIKKOR 85mm f/3.5G ED VR
「銀杏」7月の終わり頃ですが強風で実(にまだなってない)が落ちちゃってました。
Dsc_0045

関連記事

浄財勧募(寄付)の造りしもの

 


人気ブログランキング

 

 

 


写真
記事一覧

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2018年8月 | トップページ | 2018年10月 »