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2018年11月

2018年11月25日 (日曜日)

見知らぬ、定数

このたび、キログラム原器はやめてもて
「プランク定数hを正確に
 6.62607015×10^-34Js
 と定めることによって設定される」
(産総研のサイトによる)とのこと。

またこのたび、
熱力学温度:ケルビンも
「ボルツマン定数kを正確に
 1.380649×10^-23J/K
 と定めることによって設定される」
(同サイトによる)

それらの定数から、
どないしてキログラムやらケルビンを
出すのかは分からんが(笑)
これらの定数はとても大切な、基本的な、
普遍的な、全宇宙を統べる神の数値や
と思てました。

もし宇宙人に遭ったら、光速の他にも
プランク定数とボルツマン定数は、
聞かなあかん、と思てました。

しかし、先日読んだこの本:
 いまさらエントロピー? 杉本大一郎 著
によりますと、
「エネルギーと温度との換算率として、
 ボルツマン定数がある。この意味では、
 ボルツマン定数は、光速cや
 プランク定数hなどの自然定数とは違って、
 たんなる単位換算の数値であることに
 注意しなければならない。」
何ですと。
そんなもんで、今回ケルビンを定義することに
なるのやが大丈夫なのか?
エネルギー[J]は[kg•m^2/s^2]で、
キログラムが今回設定できたから、
そういうことか。リリン。
そういう理解でいいのか。
ボルツマン定数は、宇宙人に確認するような
数値やないのか。
そうなのか?

If you encounter an alien, what would you ask?

Nikon D5300 AF-S DX Micro NIKKOR 85mm f/3.5G ED VR
「一庫ダム」
この水を飲んでるわけではないそうやが、
しかしあまりきれいではないな。
一庫公園。
Dsc_0022_7_2


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2018年11月24日 (土曜日)

Nikonの造りしもの:‖ AF-S DX Micro NIKKOR 85mm f/3.5G ED VRインプレッション(弐)

Nikonの造りしもの:‖ AF-S DX Micro NIKKOR 85mm f/3.5G ED VRインプレッション

の続き。
↑その記事、10月20日のもんなんですが
まだ、グーグル検索に出ないんですよね
(インデックスされていない)。
インデックスするんか、せんのか、
その判断基準は、よお分からん。

Nikon D5300 AF-S DX Micro NIKKOR 85mm f/3.5G ED VR

Dsc_0003_10_2
F3.5 1/1600秒


Dsc_0004_8_2
F5.6 1/640秒


Dsc_0005_14_2
F8 1/320秒


Dsc_0006_6_2
F14 1/100秒


Dsc_0007_6_2
F32 1/20秒


全てISO 100

ピクセル等倍で切り出したいのやが
どうしていいのかよお分からんな、
マックの「写真」とか「プレビュー」とかで
やろうとしているのやが。

やっぱし
絞り開放(F3.5)は、もやっとしている。
F8までは絞って行くほどにマシな感じがする。
でも、それでもやっぱし、もやっとしている。

F14からまたあかんのは、ブレているのか。
駅前なんで、三脚設置なんか厳しいので
全部手持ちで撮っている。
VRはONにしてますがな、もちろん。


Dsc_0003_11_3
ここからピンク囲みあたりを切り出している。
ど真ん中から切り出してはいないが、
そんなに端っこでもない。
ほぼ正対して撮っているしな、
ピントとか、収差とかの影響は
受けにくいと思うんやが、
どうなんでしょうか。
このレンズはこんなもんなんでしょうか。
気にしすぎなんでしょうか。

もっと近距離やないと
性能が発揮できんのでしょうか。

Nikon D5300 AF-S DX Micro NIKKOR 85mm f/3.5G ED VR
「松ぼっくり」
背景が明るくて、松ぼっくりは
暗く写ってもた。一庫公園。
Dsc_0020_5_3


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2018年11月23日 (金曜日)

軌跡の価値は:‖ 阪鶴鉄道(川辺馬車鉄道 (後に摂津鉄道、その後が阪鶴鉄道))はどこ(伍)

軌跡の価値は:‖ 阪鶴鉄道(川辺馬車鉄道 (後に摂津鉄道、その後が阪鶴鉄道))はどこ

軌跡の価値は:‖ 阪鶴鉄道(川辺馬車鉄道 (後に摂津鉄道、その後が阪鶴鉄道))はどこ(弐)

軌跡の価値は:‖ 阪鶴鉄道(川辺馬車鉄道 (後に摂津鉄道、その後が阪鶴鉄道))はどこ(参)

軌跡の価値は:‖ 阪鶴鉄道(川辺馬車鉄道 (後に摂津鉄道、その後が阪鶴鉄道))はどこ(四)

の続き。

摂津鉄道の終点、池田駅
(池田(小戸(おうべ))停車場)跡の痕跡が
何とか見つからぬもんかと捜索しとる
わけですが。

国土地理院地図より
図1
Img20181118171628111_2

(PCやと図をクリックすると大きくなるかも)

 

みつなかホールと「え」地点の間の空間、
橋詰公園の一角に、
こんなのがありました。
Nikon D5300 AF-S DX Micro NIKKOR 85mm f/3.5G ED VR
(機材は以下同じ)
Dsc_0099_1_2

なんらかの構造物の土台ではなかろうか。
またその付近の地面をみますと
Dsc_0100_1_2

レンガの破片が埋まっている。
摂津鉄道時代の構造物の
ものやったりして(笑)

 

池田駅(池田(小戸(おうべ))停車場)跡
の少し先になるのではないかと思われる
「え」地点近辺の風景で、遺構っぽい
(「ぽい」のみ(笑))ところなのがこちら
Dsc_0089_2

この石積み、どうですか〜、お客さ〜ん
生きてるってなんだろ、生きてるってな〜に!

 

Dsc_0090_2

その近くに、
こういう「ほこら」がございまして。
背後にある石垣が鉄道遺構っぽい。
Dsc_0091_2

(「ぽい」のみね。)
「ほこら」のそばには
こういう大きな岩が埋まっていまして
Dsc_0093_3

これも何らかの構造物の土台では
なかろうかと。
Dsc_0092_1_2

どうでしょう。

 

また、その付近に井戸もあり。
Dsc_0094_2_2

もうひとつ井戸あり。
Dsc_0095_1_2

蒸気機関車に給水する用だったのでは
なかろうかと。
蒸気機関車の配管が詰まると具合が悪いので
かなりきれいな水が必要だったはずで、
川の水ではまずかろうと思われ
よってこんな井戸水を使ったとか??

図1の「う」地点の少し右、
ここは公園です。
のせでんハイキングのサイト
「コースマップ」

も再掲しますとこちら
Photo_2

ここにも「公園」と記載されていますね。
これは「川西市内公園一覧表」 によりますと
「榎会児童遊園地」「小花2丁目22」
「189平方メートル」ですね。

 

しかし、その言われなどは全く不明。
そこにこんな丸い構造物がありました。
Dsc_0112_2_2

真上から見ると円形の構造物です。
何かの土台やったのではないかとも
思われたが、
中央に石の碑みたいのがありまして
Dsc_0114_3

何て書いてますかね。
「青面金剛」でしょうか
検索すると仏教関係らしい。
「コースマップ」の「軌道跡」(点線)
からも離れているし、鉄道遺構ではないな。
これを避けて軌道を引いたのであろう。

まあ、すぐ近くを猪名川が流れており、
1897年まで池田駅があったとしても、
その後121年もの間に
何度も何度も洪水があって
泥にも埋もれたであろう。
Dsc_0111_3

昭和13年7月集中豪雨 実績浸水深
1.0mと書いてあります。
遺構探しも厳しいはずですな。

 

Where is old Ikeda Station?

 

Nikon D5300 AF-S DX Micro NIKKOR 85mm f/3.5G ED VR
「木ノ実」
何の木か忘れた。一庫公園。
Dsc_0018_8_3

 

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2018年11月21日 (水曜日)

涙(Dec 2018)

月例フォトコンチェック。

2018年
アサヒカメラ        CAPA
(発表月ベース)・・・・・(掲載月ベース)
 1月号 なんもなし・・・・なんもなし
 2月号 なんもなし・・・・なんもなし 
 3月号 なんもなし・・・・1次予選通過
 4月号 なんもなし・・・・3次予選通過
 5月号 なんもなし・・・・なんもなし
 6月号 なんもなし・・・・1次予選通過
 7月号 なんもなし・・・・なんもなし
 8月号 1次予選通過・・・なんもなし
 9月号 なんもなし・・・・なんもなし
10月号 なんもなし・・・・2次予選通過
11月号 なんもなし・・・・2次予選通過
12月号 なんもなし・・・・なんもなし ←今回

今年も昨年に引き続き入選なし。
以前はちょこちょこ入選していた
CAPAの方、
2013年を最後に
えらい長いこと入選していないわ。

今回、子供の写真やったのやが、あかんか。
人物の写った作品がわりと
入選しやすいように思うが
家族はだめか。安易なのはだめか。
12月号は、年間賞狙いやが
もう今年はだめや
という方々が、
自信作を応募しないはずなので
入選しやすいはずなんやが。

I checked the monthly photo contest.

2018
ASAHI CAMERA ... CAPA
(announced monthly basis) (posted month basis)

January issue_________None......None
February issue________None......None
March issue ________None......First Qualifying Pass(FQP)
April issue ________None......Third QP
May issue ________None......None
June issue _______None......FQP
July issue _______None......None
Aug issue_____________FQP ......None
Sep issue_____________None......None
Oct issue_____________None......Second QP
Nov issue_____________None......Second QP
Nov issue_____________None......None ← This time

Nikon D5300 AF-S DX Micro NIKKOR 85mm f/3.5G ED VR
「一庫公園から」
Dsc_0016_5_2


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2018年11月18日 (日曜日)

軌跡の価値は:‖ 阪鶴鉄道(川辺馬車鉄道 (後に摂津鉄道、その後が阪鶴鉄道))はどこ(四)

軌跡の価値は:‖ 阪鶴鉄道(川辺馬車鉄道 (後に摂津鉄道、その後が阪鶴鉄道))はどこ

軌跡の価値は:‖ 阪鶴鉄道(川辺馬車鉄道 (後に摂津鉄道、その後が阪鶴鉄道))はどこ(弐)

軌跡の価値は:‖ 阪鶴鉄道(川辺馬車鉄道 (後に摂津鉄道、その後が阪鶴鉄道))はどこ(参)

の続き。

記事にどんどん追記していくのと、
こうやって、新しい記事にしてしまうのと、
どっちがよいのやろうか。
記事が長い方が見にくいのか、
別れている方が見にくいのか。

摂津鉄道の終点、池田駅
(池田(小戸(おうべ))停車場)跡の痕跡が
何とか見つからぬもんかと捜索しとる
わけですが。

国土地理院地図より
図1
Img20181118171628111_2 ↑クリックすると大きくなるかも。

こないだの記事では、
「あ」地点から南西(左下)に伸びる通路が
川辺馬車鉄道 (後に摂津鉄道)の痕跡
ではないかと見ておったのですが、
こないだの記事のこの写真
Nikon D5300 AF-S DX Nikkor 35mm f/1.8G
Dsc_0019_8_2

Dsc_0020_6_2

を見ましても、どうもこれ暗渠ですよね。
つまり下に川がある。
こんなとこが果たして軌道跡やろか?

川辺馬車鉄道の軌間は1067mm(JRと同じ)、
その後の摂津鉄道では762mmと
狭軌やったので、
この川の流れのすぐ横に軌道があって、
その両側に家が立ち並んだ、、、
というのはどうかね??
ちょっち、説として苦しくないすか。

ウェブ上にどなたかが上げてはった
『かわにし「川西市史第3巻」』
の図12を、そのまま載せるのは
マズかろうと思て、書き写したのがこちら。

Photo_2 ↑クリックすると大きくなるかも。

見にくいな(笑)
「文」とあるのが、現在もある川西小学校
であろう。右上の長方形が池田駅で
そこから南西(左下)に伸びる点線が軌道。
道とほぼ平行に伸びている。

のせでんハイキングのサイト
「コースマップ」

も再掲しますとこちら

Photo_5

これとも見比べまして、やっぱし軌道跡は
現在もある道と平行になっているべし
かと思われます。
よって上記図1で「あ」ではなくて
「い」あたりから南西へ、
「う」のあたりの路地へと結ぶ線が
軌道跡となるではないかと、
思い直しております。
そこには現在通路はないが、
家の並び、あるいは家と家の間が
その軌道跡になるんやないかと。

この説を採用した方が、
「コースマップ」のように
「みつなかホール」の東をかすめるし、
図1の「え」あたりの建物の並びとも
真っ直ぐにつながる。
「い」と「え」の中間あたりが
「コースマップ」のいう池田(小戸)停車場跡
なのではないかと。

まあ、また痕跡の捜索には行ってきますが
「え」付近でこんなのを発見。

Nikon D5300 AF-S DX Nikkor 35mm f/1.8G
Dsc_0009_10_2

石造りで、「下水フタ」って書いたある。
なんか古そうだ。だから何?と言われると
まあ、何でもないんですけんども。

Where is old Ikeda Station?

Nikon D5300 AF-S DX Micro NIKKOR 85mm f/3.5G ED VR
「墓標」に見えます(EVAに出てくるやつ)けど
違います。植林した木の支えです。
何の木か忘れた。一庫公園。

Dsc_0013_6_3

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2018年11月11日 (日曜日)

軌跡の価値は:‖ 阪鶴鉄道(川辺馬車鉄道 (後に摂津鉄道、その後が阪鶴鉄道))はどこ(参)

軌跡の価値は:‖ 阪鶴鉄道(川辺馬車鉄道 (後に摂津鉄道、その後が阪鶴鉄道))はどこ(弐) の続き。
摂津鉄道の終点、池田駅の痕跡が
何とか見つからぬもんか。

 

池田駅はウィキペディアによると
1893年(明治26年)12月には開業している。
1897年(明治30年)に阪鶴鉄道に
路線が売却されており、このころには
池田駅は西の方に移転していたと思われる。
1897年まで池田駅があったとしても、
今から121年も前の話。

 

当時はもちろん蒸気機関車やから
終点の駅付近には、
転車台や、水や石炭を貯めておく
巨大で頑丈な建物があったはず。
そんなんの基礎跡でもないもんやろか。

 

「川西市史 第三巻」というやつの
「図12」に摂津鉄道池田停車場付近が
描かれているらしい。
ネット上でも、どなたかが、
それを写真に撮った画像が見られる。
それを見ますと、東西に伸びる街道の
手前(南)に池田駅はあったようだ。
じゃ街道の向こう(北)側に転車台などは
作らないだろう。

 

ウィキペディアによると摂津鉄道は
客車を4両連結していたという。
1両何mやったのやろか。
京阪石坂線の現在の車両長さは
16.5mらしい。
これは短い方やと思う。
摂津鉄道の時代はもっと短かったやろか。
15mとして4両で60m、
これに蒸気機関車が付く。

 

国土地理院地図
図1

 

Img20181111170123856_2

 

(図をクリックすると大きくなるかも)
この図1で「イ」地点の東西の大きな道は
国道176号線。「イ」地点から北に伸びる道は
小戸(おうべ)神社に続く。

 

Nikon D5300 AF-S DX Micro NIKKOR 85mm f/3.5G ED VR
Dsc_0025_8_2

 

上の写真は
「イ」地点のすぐ北にを撮ったものやが
こんな風に石碑もあってこま犬もいる。
よって、
「イ」地点より北に駅やその他鉄道施設は
なかったであろう。
「イ」地点のすぐ南、小花(おばな)交番が
鉄道施設の北端であろう。
「イ」地点の南の広場は、以前の記事で
 紹介した西詰公園。
「ロ」地点は、みつなかホール。
「ハ」から南西(図1では左下方向)に
 伸びる道が、軌道跡ではないかと見ている。

 

小花交番からみつなかホールまでが
直線距離で90mほど。
この間に、転車台もホームも
収まっていたのやろか。
国土地理院のサイトから得た航空写真

 

Photo

 

USA.jpg
整理番号 USA
コース番号 M34-3
写真番号 31
撮影年月日 1948/03/31(昭23)
撮影地域 大阪西北部
撮影高度(m) 2438
撮影縮尺 15875
地上画素寸法(cm)
カメラ名称 K-17B
焦点距離(mm) 153.600
カラー種別 モノクロ
写真種別 アナログ
撮影計画機関 米軍
市区町村名 川西市

 

ずいぶんと時代が下ってからの
写真になります。
真ん中へんだけ切り出したのがこちら。

 

Photo_3

 

この航空写真やと、今の、
みつなかホールやマンションのあるところ
(「ロ」地点)は、
この当時は農地か更地のようで
建物がある感じがしない。
「イ」地点と「ロ」地点の間は
建物がぎっしり建っているように見える。
しかしながら、
転車台を思わせる、丸い感じの区割り
などは見えない。

 

もし「ロ」地点に何かあったとしても
みつなかホールやマンションが
建設されたときに、跡形もなく整地された
のやろな。
まあ、もう少し、この周辺の捜索を継続
してみますか。

 

Is there a trace of the turning table?

 

---2018-11-12追記ここから---

 

のせでんハイキングのサイト のコースマップに見落としあり。
こんなことが描いてました。

 

Photo_2

 

みつなかホールの北東、
阪急の高架の下あたりを停車場跡としている。

 

「池田(小戸)停車場跡」とは?
「小戸(おうべ)停車場」という名称だった
こともあったということか??

 

---ここまで---

 

Nikon D5300 AF-S DX Micro NIKKOR 85mm f/3.5G ED VR
「何のマーク」一庫ダム。インドネシア国旗みたいなんが描いてある。
Dsc_0012_8

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阿部元太郎の造りしもの(参):‖雲雀丘100年浪漫 「雲雀丘」の由来 「滝の谷川」「雲雀の滝」(弐)

これも過去の記事の追記修正はやめて
新規記事にしよう。
タイトルが「(参)」の「(弐)」とか
えらいややこしいことになるが。

前の記事
阿部元太郎の造りしもの(参):‖雲雀丘100年浪漫 「雲雀丘」の由来 「滝の谷川」「雲雀の滝」
ででました、「滝の谷踏切」ですが、
ニフティニュースによりますと
この踏切がJR西日本では、
いちばんの開かずの踏切になるとのこと。
遮断機が下りる時間が
1時間のうち、最大55分もあるという。
へえ〜。

今まで1位、2位だった、東淀川駅の両側の
「南宮原踏切」と「北宮原第1踏切」が
それぞれ57分と56分だったのが
廃止が決まったとのことで。

東淀川駅らへんは、
複々線であるJR京都線が
新大阪駅の多数のホームに
分岐していくとこなんで
そらあ、線路数も多いし、幅も広いし、
(南宮原の方は渡りきるのに46.8mやとか)
さもありなん、ですが、
滝の谷踏切は、JR宝塚線の上下1本ずつの
計2本、まあ、10mもないような踏切でっせ。

Nikon D5300 AF-S DX Micro NIKKOR 85mm f/3.5G ED VR
Dsc_0019_9

わかりにくい写真で恐縮。
フェンス越しに撮ってて
もやっとしていますが
右奥が滝の谷踏切。
人と、自転車程度しか通れません。
考えたら確かに自転車がこの近辺、
JRを渡るのが不便なんですなあ、
歩行者ならJRの下をくぐれる通路は
あったりするのですが。
JRのすぐ北が国道176合繊(の旧道)ですが
この道自体、歩道が狭いというか
ないところもあって、
路肩もほとんどないとこもあって、
自転車で走りにくいんですよね。
スペース的に苦しいが、なんとか、
国道176号線も含めて
いい感じに改修してくれると嬉しいのですが。
まあこの近辺も少子高齢化が進んでまして、
自転車で走りやすくしてほしい、
なんて要望自体が減少傾向なのかも知れん。

Nikon D5300 AF-S DX Micro NIKKOR 85mm f/3.5G ED VR
「地下道」こんな感じの歩行者だけ通れる地下道は近くに存在する。阪急雲雀丘花屋敷駅利用客などが結構多く利用している感じです。
Dsc_0009_8

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2018年11月10日 (土曜日)

軌跡の価値は:‖ 阪鶴鉄道(川辺馬車鉄道 (後に摂津鉄道、その後が阪鶴鉄道))はどこ(弐)

最近は過去の記事に追記修正ばっか
しておりました。
本件についても、過去の記事
軌跡の価値は:‖ 阪鶴鉄道(川辺馬車鉄道 (後に摂津鉄道、その後が阪鶴鉄道))はどこ に追記を進めておりましたが、
もう、新規記事にしてしまいましょう。

のせでんハイキングのサイト のコースマップからの引用の下図
図1

 

Photo_2

 

から、いろいろ考えを進めているのでした。

 

国土地理院地図より
図2

 

Img20181110150725653

 

(図をクリックするとでかくなるかも)

図2で、上の方の広いスペースが
川西小学校ですね。
図2で「A」地点は
ニホンセイミツという会社の
敷地になりますので入れませんが
図1からしますと、この敷地内に
川辺馬車鉄道の軌道があったように
読み取れます。
ニホンセイミツの敷地を南側からみた写真が
こちら。
Nikon D5300 AF-S DX Nikkor 35mm f/1.8G
(機材は以下同じ)

 

Dsc_0009_9

この写真の右にニホンセイミツの建屋が
見えています。
左奥の道が図2の「B」地点です。
「B」地点から南をみた写真がこちら。

Dsc_0010_4

このスペースが軌道跡かな?。
「B」地点から北をみた写真がこちら。

Dsc_0011_8

この写真の右がニホンセイミツで、画面右の
ガードレールに沿った感じが軌道跡か?
このガードレールの右の方をみた写真が
こちら。

Dsc_0012_10

この写真の右奥から左手前にかけて
軌道があったのかしらね。

--2019-9-15 追記--

この写真の反対側からの写真がこちら
Nikon D5300 AF-S DX Micro NIKKOR 85mm f/3.5G ED VR
Dsc_0016-14

最近、建屋の取り壊しがあって、更地になったところ。
ガードレールの下まで見えるが、
遺構らしきものは見えませんな。

--追記 ここまで--

国土地理院地図より
図3

Img20181110151050757_2

図3では左下に川西小学校があります。
図3で「C」地点から「E」地点にかけて
軌道跡があったのだろうかと思えたわけです。
「C」地点の南西(図3では左下向き)が
駐車場になってます。

Dsc_0013_7

この写真の右奥から左手前へと軌道が
あったのやろか。
「C」地点の北東(図3では右上)のスペース
の写真はこちら。

Dsc_0014_4

この写真の手前から奥へ軌道があったのか
もしくは
「C」地点の、「C」の字のすぐ右の路地
の方に軌道があったのか?
この路地は下の写真。

Dsc_0017_6_2

狭い。

「E」地点の北側はマンションです。
その写真がこちら。

Dsc_0022_8

「E」地点から南西(図3では左下向き)に
延びる通路をみた写真がこちら。

Dsc_0018_9

この道を奥へ入っていったらこんな感じ。

Dsc_0019_8_2

「F」地点あたりで後ろを振り返りますと
こんな感じ。

Dsc_0020_6

奥に「E」地点のマンションが見えています。
とまあ、図1からするとこの
「D」ー「F」ー「E」が軌道跡やという
ことのようですね。

国土地理院地図より
図4

Img20181110151325415

「G」地点は「みつなかホール」です。
「H」地点から「G」地点を見た写真が
こちら。

Dsc_0023_9_2

高架は阪急宝塚線。奥が、みつなかホール。
この写真の中央奥から左の橋脚の向こう側
(左方)へ軌道があったのではなかろうか。
そして、この写真の左の方はというとこちら。

Dsc_0024_5

図4の「I」地点から南を見ています。
奥の高架が阪急宝塚線。この公園の名は
「橋詰公園」。
鉄道の終点は呉羽(くれは)橋の西詰に
あったらしいので、この公園の名前からして
ここが終着駅(摂津鉄道では「池田駅」)
の跡地ではないやろか。
しかし、公園には、そのようなことを
書いたものなどはないのですなあ。

Where is the Kawabe carriage railway?
Is not the terminal station "Ikeda station" the current "Hashidume Park"?

 

「不審者に注意」んなこと言われましても。
Dsc_0028_8_3

 

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略称の選択を:‖ 摂津鉄道はどこ

世界の中心で叫~ばず~に~いられな~い:‖ 摂津鉄道(阪鶴鉄道)はどこ

せめて、人間らしく:‖ 摂津鉄道(阪鶴鉄道)はどこ

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