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2018年11月10日 (土曜日)

軌跡の価値は:‖ 阪鶴鉄道(川辺馬車鉄道 (後に摂津鉄道、その後が阪鶴鉄道))はどこ(弐)

最近は過去の記事に追記修正ばっか
しておりました。
本件についても、過去の記事
軌跡の価値は:‖ 阪鶴鉄道(川辺馬車鉄道 (後に摂津鉄道、その後が阪鶴鉄道))はどこ に追記を進めておりましたが、
もう、新規記事にしてしまいましょう。

のせでんハイキングのサイト のコースマップからの引用の下図
図1

 

Photo_2

 

から、いろいろ考えを進めているのでした。

 

国土地理院地図より
図2

 

Img20181110150725653

 

(図をクリックするとでかくなるかも)

図2で、上の方の広いスペースが
川西小学校ですね。
図2で「A」地点は
ニホンセイミツという会社の
敷地になりますので入れませんが
図1からしますと、この敷地内に
川辺馬車鉄道の軌道があったように
読み取れます。
ニホンセイミツの敷地を南側からみた写真が
こちら。
Nikon D5300 AF-S DX Nikkor 35mm f/1.8G
(機材は以下同じ)

 

Dsc_0009_9

この写真の右にニホンセイミツの建屋が
見えています。
左奥の道が図2の「B」地点です。
「B」地点から南をみた写真がこちら。

Dsc_0010_4

このスペースが軌道跡かな?。
「B」地点から北をみた写真がこちら。

Dsc_0011_8

この写真の右がニホンセイミツで、画面右の
ガードレールに沿った感じが軌道跡か?
このガードレールの右の方をみた写真が
こちら。

Dsc_0012_10

この写真の右奥から左手前にかけて
軌道があったのかしらね。

--2019-9-15 追記--

この写真の反対側からの写真がこちら
Nikon D5300 AF-S DX Micro NIKKOR 85mm f/3.5G ED VR
Dsc_0016-14

最近、建屋の取り壊しがあって、更地になったところ。
ガードレールの下まで見えるが、
遺構らしきものは見えませんな。

--追記 ここまで--

国土地理院地図より
図3

Img20181110151050757_2

図3では左下に川西小学校があります。
図3で「C」地点から「E」地点にかけて
軌道跡があったのだろうかと思えたわけです。
「C」地点の南西(図3では左下向き)が
駐車場になってます。

Dsc_0013_7

この写真の右奥から左手前へと軌道が
あったのやろか。
「C」地点の北東(図3では右上)のスペース
の写真はこちら。

Dsc_0014_4

この写真の手前から奥へ軌道があったのか
もしくは
「C」地点の、「C」の字のすぐ右の路地
の方に軌道があったのか?
この路地は下の写真。

Dsc_0017_6_2

狭い。

「E」地点の北側はマンションです。
その写真がこちら。

Dsc_0022_8

「E」地点から南西(図3では左下向き)に
延びる通路をみた写真がこちら。

Dsc_0018_9

この道を奥へ入っていったらこんな感じ。

Dsc_0019_8_2

「F」地点あたりで後ろを振り返りますと
こんな感じ。

Dsc_0020_6

奥に「E」地点のマンションが見えています。
とまあ、図1からするとこの
「D」ー「F」ー「E」が軌道跡やという
ことのようですね。

国土地理院地図より
図4

Img20181110151325415

「G」地点は「みつなかホール」です。
「H」地点から「G」地点を見た写真が
こちら。

Dsc_0023_9_2

高架は阪急宝塚線。奥が、みつなかホール。
この写真の中央奥から左の橋脚の向こう側
(左方)へ軌道があったのではなかろうか。
そして、この写真の左の方はというとこちら。

Dsc_0024_5

図4の「I」地点から南を見ています。
奥の高架が阪急宝塚線。この公園の名は
「橋詰公園」。
鉄道の終点は呉羽(くれは)橋の西詰に
あったらしいので、この公園の名前からして
ここが終着駅(摂津鉄道では「池田駅」)
の跡地ではないやろか。
しかし、公園には、そのようなことを
書いたものなどはないのですなあ。

Where is the Kawabe carriage railway?
Is not the terminal station "Ikeda station" the current "Hashidume Park"?

 

「不審者に注意」んなこと言われましても。
Dsc_0028_8_3

 

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